借金だけはしてはいけない
「借金だけはするな」という言葉を、私はよく耳にしてきた。学校や両親の話、テレビや映画で伝えられる『借金で身を滅ぼした話』は、お決まりの筋書きひとつであり、私たちは小さなころから借金は悪と教えられてきた。しかし、私はいつも疑問に思っていた。
借金は悪と言いながらも、家や車はローンを組んでいる。奨学金やスマホの割賦だって借金だ。もっといえば、財布のなかにある一万円札(銀行券)は、持ち主を辿れば、誰かが銀行から調達してきたお金のはずだ。私たちは、借金を恐ろしいものだと否定しながらも、もう一方ではそれを普通に受け入れている。喩えるなら、ピノノワールの余韻を感じながら、アルコール依存症の恐ろしさを語るようなものではないだろうか。
そう考えると、ひとくちに借金と言っても、さまざまな形があるはずだ。ワインにだって、悪い酔いかたもあれば、教養としての嗜み方もあるのだ。冷静な判断のもと、中立的な立場でお付き合いすれば、味方にだってなり得るかもしれない。あなたは借金を悪いものだと思うだろうか、あるいは、付き合い方次第だと思われるだろうか。
個人から借りるのか、銀行から借りるのか
これは私の持論だが、個人からお金を借りるのは、辞めた方がよい。なぜなら、感情的な主従関係が生まれるからだ。たいてい、借りた側より貸した側のほうが負担を負うことになるため、よほどの誠意を見せない限り、以前の関係は損なわれてしまう。そして「返せない」なんてことになれば、生涯、後ろ指を刺される。少なくとも私は、明るい展開になった事例を見たことはない。
一方で、金融機関からお金を借りるのは、その限りではない。銀行は、融資をすることを前提に制度が設計されており、利子を課すことで、感情を抜きに判断する。だから、赤の他人である私たちに対しても、その夢を応援してくれたり、大きな支払いを可能にしてくれる。また、国家の法律に則って運営されているため、万が一、返済が難しくなったときにも、公的に相談をしたり、融通を効かせてもらうこともできる。少なくとも、中世に行われたような拷問を受けることはないはずだ。
昔からクレープを焼くのが好きで、いつか自分のお店を開きたいと思っている青年がいる。彼がその夢を叶えるために、アルバイトをしながら、こつこつと15年かけて開業資金を貯めることは、果たして美談だと言えるのだろうか。融資を受けるという選択をしていれば、その15年間で、多くの人に絶品クレープを届けられているかもしれない。
借金を負ってまで、やりたいこと
念のため断っておくと、私は借金することを勧めているわけではない。一時の感情や、勧誘に応じて借金を組むことには、ほとんど賛同はできない。借金が無いなら無いに越したことはない。しかし一方で、頑なに、それを悪だと決めつける姿勢には、もっと賛同できない。
借金は、これから返済する総額を、先払い一括で受けるドーピングだ。「みんながそうしているから」という理由だけであれば、その重みを考えたほうがよいかもしれない。仮にその名目が、『家族のための住宅ローン』や『進学のための奨学金』であろうとも、負債であることに代わりはなく、無いなら無いに越したことはないのだ。
一方で、10年20年と負担を負うことを理解した上で、それでもなお、「叶えたい」「手に入れたい」と思えるものがあるならば、そのときには、前向きに検討してもいいのではないだろうか。リスクを負ってでも挑戦したいと思えることは、人生において、そう何度も訪れるものではないのだから。
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