2026-08-05

お昼ご飯のあと、眠くなるのはなぜだろう

あなたは昼食後、眠くなるだろうか。私は昔から、お昼ご飯を食べたあとは、まるで一服盛られたかのように、強烈な眠気に襲われていた。濃いめのコーヒーを飲んでも、焼け石に水で、正気を保つだけで精一杯だった。形の上では起きていたが、まったく使い物になっていなかったと思う。しかし、昼食後に眠くなるのは、どうやら私だけではないようだ。程度の差こそあれ、みんな眠そうだし、スペインのシエスタや、中国の午睡のように、世界にもそれを感じさせる文化がある。

私が異変を感じたのは、三日間のファスティングを始めたときだった。昼の眠気が全くやってこないのだ。しかも不思議なことに、ファスティングを終えたあとの数日も、眠気がほとんどやってこない。いつもと違うのは、食べる量を減らしたことくらいだった。もしかすると、食べることと眠気の間には、何かしらの関係があるのかもしれない。そう仮説を立てるなら、中華ランチの日に特別に眠いことにも説明がつくような気がする。必ず食べすぎてしまうのだ。

もちろん、空腹と眠気に関係があるとは言い切れない。前日の睡眠時間や、体調が影響しているだけなのかもしれない。それでも私は、『お腹を満たすこと』と、『眠くなること』の間にある『なにかしらの親密な関係性』を疑うようになった。

 

消化という大仕事

私たちが食事を終えると、「食べ終わった」と満足する。しかし身体にとっては、そこからが仕事の始まりなのだ。有益なものだけを取り入れ、害になるものを外に出す。胃や腸をはじめ、多くの臓器が一斉に働きはじめる。まるで巨大な流通センターのように、検閲から仕分け、配送までの大仕事がはじまる。私が無邪気に、餃子にラーメン、半チャーハンと胡麻団子を堪能している間にも、身体の各部署たちは、悲鳴をあげながら準備をしていたのかもしれない。

ファスティングのあと、私は食べ方を変えた。限界ぎりぎりまで食べるのではなく、「もう少し食べたいな」と思うところで箸を置くようにしたのだ。空腹に耐えられなくなったら、あとで何かをつまめばいい。そう考えて八分目を意識するようになった。不思議なことに、それだけで午後の眠気はほとんど消え去った。眠気と満腹に因果関係があるのかは解らないが、私にとっては、『余白を残す』という感覚が、とても心地よく感じられた。

そのうちに、昼だけでなく、夜の食事においても、適度に余白を残すようになった。限界ぎりぎりを攻めるのではなく、その一歩手前で慎ましく止める。私はそれに慣れ、身体のほうもそれに慣れた。私にとって腹八分目は、『我慢すること』ではなく、『身体に余白を残すこと』に変わったのだ。

 

あえて余白をのこす

満腹になるまで食べられるのは、この上なく幸せなことだ。友人と時間を忘れて、遅くまで食事をするのは、人生におけるもっとも幸福なときのひとつだろう。私もそれを制限するつもりはない。しかし、それが毎日となると、身体にとっては過労に当たるように思う。だから私は、「今日はギリギリまで食べるぞ」という日には、その後のスケジュールの方に余白を持たせるようになった。

予定だって同じかもしれない。朝から晩まで予定を詰め込み、一分の隙もない一日を「充実していた」と感じることがある。しかし、新しい発想や、ものごとの見え方が変わる瞬間というのは、案外、予定と予定のあいだにある静かな時間から生まれてくる。身体にも余白が必要なら、時間にも余白が必要なのかもしれない。ときには、『満たすこと』よりも、『余白を残すこと』のほうが、豊かさに近づくのだから。