カード|Bicycle
あなたは、トランプがお好きだろうか。もちろん大統領の話ではない。家族とババ抜きをした。友人と夜中まで大富豪で盛り上がった。あるいは、カジノのポーカーで帰りの航空券まで賭けた。シンプルな52枚のカードなのに、遊び方は驚くほど豊富だ。神経衰弱、七並べ、ブラックジャック。ひとりならソリティアができるし、マジシャンに渡せば、鳩にだって変わる。
改めて考えると、トランプは不思議な道具である。世界の至る場所で、同じ52枚のカードをテーブルに広げて遊んでいる。言葉も、宗教も、じゃんけんの掛け声も違うのに、スペードやハートを見れば意味が通じる。ボールひとつあれば、その場所がどこであってもサッカーが始まるように、ひと組のトランプもまた、見知らぬ者同士を同じテーブルにつかせることができる。
なぜトランプは、これほど長く、広く、人を魅了してきたのだろう。精巧に造られたチェスも、色鮮やかなタロット・カードも、世界中で親しまれている。それでも、トランプほどの知名度は獲得していない。もしかすると、この52枚には、人が思わず遊びたくなる秘密が、巧妙に隠されているのかもしれない。まずはカードを一枚ずつめくりながら、その正体を覗いてみよう。
52枚に隠された世界
私が旅に連れていくのは、1885年にアメリカで生まれた『Bicycle』というカードだ。表面にはエンボス加工が施され、指で弾けば、孔雀が羽を開くように滑らかに広がっていく。描かれている柄は、お馴染みのスペード、ハート、ダイヤ、クラブ。しかし、この四つが初めから世界共通だったわけではない。イタリアでは、剣や貨幣が。ドイツでは、葉やどんぐりが使われていたこともある。私たちが見慣れた四つの印は、長い旅の末に残ったフランス式なのである。
ところで、日本では『切り札』を意味する『Trump』が呼び名となったが、世界ではこれを『Playing Cards』、あるいは単に『Cards』と呼ぶ。遊び方も土地によってさまざまだ。たとえばババ抜きの原型は、英語圏の『Old Maid』にある。4枚ある女性の絵札『Queen』のうち、あえて1枚を抜くことで、独りぼっちのQueenを1枚だけ残し、それを『年老いた未婚女性』に見立てる。私が子どもの頃、無邪気に遊んだババ抜きには、そのような物語が隠れていたのだ。考案者に会えるなら、『人の心』というものについて尋ねてみたい。
この52枚は妙に出来すぎている。トランプを分解すれば、4つの絵柄と、13の階級からできている。ふと暦に目を向けると、私たちは春夏秋冬という4つの季節をめぐり、それぞれはおよそ13週、年間合わせて52週となる。さらにすべてのカードの数字を足し合わせると、年間日数とほぼ同じ『364』になる。ときおり現れる2枚のジョーカーは、うるう年まで表現しているようにさえ思える。このカードに、数の神秘や占いを見出したくなるのも、解るような気がするのだ。
完成されていない道具
カード・ゲームやパズルには、遊び方を細かく指定されるものが多い。このカードは三ターン目に使いなさい。このピースはこちら向きにはめなさい。ここまで組み立てたら、説明書の七ページへ進みなさい。ずいぶんと遊びのない遊びであるように私は思う。一方のトランプは、4つの記号と13の階級しか与えてくれない。「どうぞご勝手に」と言わんばかりに。
たとえば、子どもに段ボール箱を与えてみる。私たちにとっては役目を終えた紙の箱が、彼らの手にかかれば、車となり、家になり、ときにタイム・マシンにさえなる。何も決められていないからこそ、そこには想像力の入り込む余地がある。工場のベルトコンベアから、気の利いた詩集が流れてくることはないのだ。
だから私は、旅先にトランプを連れていく。言葉が通じなければ、52枚をテーブルに広げればいい。その土地の遊びを教えてもらってもいいし、こちらから大富豪を教えてもいい。ルールを伝えようと身振り手振りをしているうちに、いつの間にか同じテーブルで笑っている。旅に必要なのは、言葉だけではない。ときには、余白のあるトランプがあればいい。