2026-08-10

なぜ中国人は、マナーが悪いのか

あなたは中国人観光客から、迷惑をかけられたことはあるだろうか。私はたびたび、彼らのマナーの悪さを耳にする。「割り込みをされた」「大声を出された」「奈良の鹿に蹴りをした」など、あまり褒められた行為ではないことが、頻繁に目撃されているらしいのだ。そしていよいよ、「もう来なくてもいいのでは」という声まで上がっているようだ。

そういうこともあるのか、と思いつつも、実際に遭遇したことがないので、私にはいまいちしっくり来ていない。大声がマナー違反というなら、隣人の爺さんも負けてはいないし、車を運転していれば、たびたび割り込みだってされる。さすがに鹿を蹴ろうとは思ったことはないが、鳩や鶏を追いかけ回したくなる気持ちは、私にもわかる。

何度か中国を訪れるなかで、いつも親切にしていただいているので、私にはどうも、彼らだけが特別に問題を抱えているとは思えないのだ。もちろん時には、その圧の強さに面食らうこともあるが、インドのタクシー・ドライバーや、エジプトの商人たちの悪意あるサービスに比べたら、大した問題ではないだろう。もちろん、マナー違反を認めるつもりはないが、単純に、母数の問題ということはないのだろうか。あるいは、何かしらの『理解できる背景』があるのではないだろうか。

 

なぜ隣国が、嫌な国ばかりなのだろう

そもそも日本には、どれほど中国語を話す観光客が来ているのだろう。調べてみると、昨年、日本を訪れた外国人観光客のうち、中国本土・台湾・香港からの旅行者だけで、実に43%を占めていた。つまり、英語を話すマナー違反者よりも、中国語を話す違反者の方が目につくのは、ある意味で当然なのだ。10人の迷惑客を挙げれば、スーツケースで通路をふさぐブラジル人や、香水まみれで鮨を食べに来るイタリア人だって含まれるのではないだろうか。相対評価の視点は忘れてはならない。

また日本人のうち、中国を嫌う人は結構な割合でいるが、隣国の韓国を嫌う人も少なくはない。北朝鮮に及んでは、好きだと答える人は滅多にいないくらいだ。よりによって、なぜ近い国ばかりなのだろう。反中運動や反韓感情があるなら、「私はどうしても、カメルーンを許せない」と主張する一派があったり、反フランス・デモ運動があってもいいように思うが、見たことがない。私たちは運悪くたまたま、問題のある国ばかりに囲まれているのだろうか。私はそうは思わない。もしもクラスの席替えの後に、「前後左右、もれなく嫌いな男子に囲まれました」と訴えかける女子がいたら、私はその子にも心当たりはないかと、話を聞いてみたくなるのだ。

もちろん中国人観光客が、数字の上でも明らかに、素行に問題がある可能性だってあり得るとは思う。そうだとしても、「なぜそうなったのか」と問いかけることはできる。今は『礼儀正しい旅行者』だと、自己像を持っている私たちも、かつて海外旅行が大衆化する過程において、文化の摩擦で国際問題化したことがあった。パッケージ化されたセックス・ツーリズムが広告に載ったこともあった。中国においても、あまりに急激な経済成長に、慣習の変化が追いついていない部分もあるのかもしれない。少なくとも都市部の若者は、私たちと変わらない感覚であることが多いように思う。納得はできなくても理解しようとする姿勢は、大切ではないだろうか。

 

世の中にいる『わかりやすい悪者』

フェミニストは攻撃的だ。ヴィーガンは過激だ。製薬会社は農薬をばら撒き、食品会社は添加物を入れる。ロシアは侵略者で、イラクは危険な国だ。世の中には、わかりやすい『悪者』がたくさんいる。

しかし、ひとりの過激なヴィーガンの背後には、穏やかな十名の菜食主義者がいるかもしれない。添加物によるひとつの害の裏側には、得てきた十の恩恵があるかもしれない。侵攻している側の事情を知れば、被害者と加害者の立場が変わることだってあり得るだろう。不倫にしても、窃盗にしても、誰かを悪者と呼ぶとき、私はいつも、自分はその人に石を投げられるほど立派な人間だろうか、と問いかける。状況が変われば同じ過ちを犯すかもしれない一人なのだから。

それでも中国人を嫌いなら、嫌いでいい。それでも彼らが間違っていると思うなら、批判すればいい。しかし私は、片方の意見だけで相手を批判するようにはなりたくない。一度、相手の席に座ってみてからでも、判断するのは遅くないのだから。