スマホ断ちと禁断症状
恥ずかしい話だが、かつての私は、疑いようもないほどスマホ依存症だった。端末は脳の一部であり、常に手元になければならなかった。発情期のセミが鳴くような頻度で、何かしらのお知らせが届き、私は律儀にそれに対応をしていた。
エレベーターを待つ数十秒や、トイレにいるときでさえ、スマホを開いているような末期状態であった。風景を眺めて散歩したり、気がゆくまで読書をする習慣は、失われた過去のものになっていた。
しかし程度の差こそあれ、多くの人はそうなりつつあるのではないかと思う。こども家庭庁によると、今の高校生は、一日平均6時間14分もスマホを使っているそうだ。私の記憶が確かなら、高校生というものは、日中は高校に行っているはずなので、在宅中のわずかな時間のほとんどをスマホと過ごしていることになる。重篤患者だった私でも、さすがにそこまでは見ない。
創造性が失われることを恐れて、私は禁断の果実を手放した。二年半も前のことになるが、今のところ買おうという気にはなっていない。手放したことで、失ったものより、取り戻したものの方が多かったからだ。あなたはスマホと適切な距離を保てているだろうか。
静かな禁断症状
スマートフォンの登場は、紛れもなく二十一世紀の革命だった。人類は、どこにいても世界と繋がれるようになり、無限の情報を受け取るようになった。その恩恵は計り知れない。一方で、革命には必ず新しい課題も生まれる。私の場合、それは「情報を受け取り続けなければならない」という感覚だった。
スマホと決別した日の夜、私は電波のない環境で、読書をすることにした。時間ができたら読もうと思っていた、プルーストの「失われた時を求めて」。気合いを入れて読み始めた。
しかし、アルコール依存症の患者が、夕方になると落ち着きがなくなるように、私もすぐに「何も通知がこない状況」に不安を覚えていた。物語に耽っている間にも、誰かが連絡をしてきているかもしれないし、重要なニュースが世間を騒がせているかもしれない。それでも電波は届かない。だから私は、読書をするしかなかった。
翌日の昼、カフェへ向いパソコンで、メールやニュースの確認をした。届いていたのは、納税のお知らせと、飲酒運転した芸能人のニュースくらいで、私が知るべき情報はひとつもなかった。私はパソコンを閉じ、またマルセル・プルーストの世界の続きを読んだ。
もともと携帯電話なんてなかった。無いなら無いで、楽しく過ごせるのだ。地図にはいくぶんか苦労したが、代わりに紙の地図を読めるようになり、方角や標高、気温などを感じられるようになった。信じられないかもしれないが、今の私は、運転をしながら周りの植生をみて、標高が何メートルくらいか、おおよそ言い当てることができる。人は身体全体で世界を感じて生きていたのだと、少しずつ思い出すことができた。
スマホは悪者ではない
スマホそのものが悪いと言いたいわけではない。私自身、地図も、調べ物も、仕事も。スマホがあったからこそ救われた場面を数え切れないほど経験してきた。二十一世紀を代表する発明であることに異論はない。
ただ、便利な道具は、ときに私たちの時間や注意まで奪ってしまう。自分にとって心地よい距離を見つけないと、禁断の果実になり得てしまうのだろう。
私はスマホを捨てた。それが正解だとは思っていない。ただ一度くらい、通知のない静かな一日を過ごしてみてもいいのではないだろうか。そのとき初めて、自分が本当に失いたくないものが見えてくるかもしれない。