2026-07-23

厄年は、厄災ではなく「役」を授かる年

厄年と聞くと、とても悪いことが起こりそうだと感じないだろうか。神社を訪れて、「今年の厄男、今年の厄女」と書かれていると、「おはらい」やら「みそぎ」やら、なんでもいいから悪霊を取り払ってくれそうなものを求めるのは、私だけだろうか。

しかし厄年の由来をたどると、それが壮大な誤解であることがわかる。厄(やく)とは、もともと木の節のような「引っかかり」を表した漢字であり、決して厄災の「やく」に限定されるものではない。厄年の年表をみても、出産や成人など、節目の年に設定されていることからも、厄災というよりは、むしろ『役割』に意味が近いのだろう。

もし厄年を、「厄災が降りかかる年」ではなく、「大役を授かる年」と捉えられるなら、それが持つ意味合いが大きく変わるのではないだろうか。この記事では、厄年年表を眺めながら、①なぜその年が節目に選ばれたのか、そして、②そこにどんな願いが込められているのか、という二点について、私の独断かつ偏見にまみれた見解を述べていこうと思う。そして現代の社会情勢に合わせて、大役の年を(これまた勝手に)再定義していこうと思う。

古今和歌集の時代から、千年も継がれてきた口伝だ。伝言ゲームのごとく、少しくらい変更されてきただろうし、今更私が着色しようとも、誰も文句はいわないだろう。

 

男は二度、女は三度の厄がある

まずは、厄年の年表を見てみよう。男女共通の厄年は61歳。男性限定なのは、25歳と42歳。女性限定の厄年は、19歳、33歳、37歳とされている。61歳が節目の歳であるのは、十二支と十干が重なり一巡する『還暦』だからだろう。命が回り生まれ変わる。そのような意味があったのだと想像できる。

男性の厄 数え年 年齢
最初の厄 25 23-24歳
大きな厄 42 40-41歳
還暦の厄 61 60歳
女性の厄 数え年 年齢
最初の厄 19 17-18歳
大きな厄 33 31-32歳
三度目の厄 37 35-36歳
還暦の厄 61 60歳

男性に訪れる『二度の厄』について、私なりに解釈をすると、一度目(25)は、青年から大人に変わる瞬間。『守られる存在から、家を守る立場への変化』のように見える。農地を任されたり、一人前だと認められたり、逆に期待されたり。そのような変化の節目だと捉えれば解りやすいだろう。

二度目に訪れる大厄(42)は、『家を守る立場』から『村を守る立場』という役を与えられる瞬間。村の役人や、神事の中心、組織のまとめ役などに任命される節目なのではないか。

いろいろと単純な男性とは異なり、女性の人生はもう少し複雑である。厄を授かり役割が変わるのも、二度ではなく三度だ。最初の厄(19)では、結婚と出産によって、『守られるべき娘』から『子をもつ嫁』に役が変わる。そこから約十五年。子育てがひと段落する頃には次の厄(33)、妻として『家全体を切り盛りする立場』に変わる。そして三度の目の厄(37)では、『家を守る立場』から『村を守る立場』へと変わる。つまり、①子を守る、②家庭を守る、③地域を守る、という役を預かったのではないだろうか。

 

厄年が伝えたかった願い

厄年は、口伝による風習であり、万物に作用する宇宙の法則ではない。雨乞いの儀式をしたり、墾田永年私財法が常識ではなくなったように、17歳で子を授かるのは、昔の常識ではあっても今の当たり前ではない。 結婚が大切な人もいれば、ひとりの時間を守りたい人もいれば、仕事に打ち込みたい人もいる。何が大役で、いつに厄年が訪れるのかも、今の時代では、過去とは異なるのではないだろうか。

もちろん変わらないものもあるので、一定の参考にはなるだろう。男性は、およそ20歳前後で、守られる立場から、守る立場に変わる。40歳あたりからは、会社から責任ある立場を期待される人も少なくない。ならば厄年には、「大役を授かるかもしれない」と思って心の準備をしておくのは、悪いことではないだろう。

しかしそれでも絶対視するようなものではない。特に女性は、働き方・生き方があまりにも多様になっており、様々な人が様々なことを無責任に求めてくる。そんなに気にするようなものではないのではないだろうか。ある人には家庭を守る役があり、別のある人には会社を支える役がある。人それぞれ授かる役は違う。それが厄年という文化が伝えたかった願いなのではないだろうか。

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