『川のはじまり』にあったもの
あなたは、川のはじまる場所を見たことはあるだろうか。
「虹の根元には宝物が埋まっている」というドイツの民族伝承がある。しかしそれなら、川の始まりにだって有益な何かがあるはずだ。あるときそう考えた私は、大きな川を見つけて、上流に向かって歩くことにした。初めのうちは、河川敷の整備された道だったが、次第に険しい山道となり、草木をかきわけ、猿の縄張りを超え、ついにそこに辿り着いた。
川のはじまりには、小さな泉があった。神秘的な雰囲気で、斧を投げ入れたら妖精が現れそうな泉だった。川に向かって絶え間なく水が流れ出ていたが、不思議なことに、泉の水量は変わらなかった。よくよく観察してみると、水中の岩の割れ目から、新たな水が湧き出ており、それこそが川のはじまりなのだと理解した。試しに手ですくって飲んでみると、真夏なのに驚くほど冷たく、身体が内側から目覚めるようだった。
私は『水があふれ出る奇跡の泉』にいたく感激し、後日、友人たちを集めて、写真とともにこの出来事を報告した。しかし、友人たちの反応は冷たいものだった。そもそも『泉』とは、岩から水があふれ出る場所を指す漢字であり、『出水』と書くこともある。だから水が湧くことは驚くことではないし、そもそもこれは六年生の履修内容だと。私だけが知らなかったのだ。
時を超えて旅をする水
森の泉は、雨水が山に降り注ぎ、それが年月をかけて地層をゆっくりと通り抜けたものだ。その旅は数年で終わることもあれば、数十年に及ぶこともある。世界に目を向ければ、数万年前に降った雨が地下水として見つかった例も報告されている。すごくロマンのある話だと思わないだろうか。
汲みたての水は、格別に美味しい。真夏でも温度は15度前後と最適で、水にも鮮度があるんだと思い知らされる。ミシュラン・ガイドの二ツ星は、「遠回りしてでも訪れる価値のある素晴らしい料理」と称されるが、私も泉においてもこの格付けを採用している。たとえば、栃木の尚仁沢湧水や、奥伊勢の八重谷湧水は、国内における三ツ星であり、「そのために旅行する価値のある卓越した泉」と評価している。泉をめぐる旅はとても楽しい。
興味深いことに、上質な泉にはその周りの木々に、熊が縄張りを示すときに付ける『引っ掻き痕』がみられることがある。老眼を患った初老の鹿でも見落とさないように、一番目立つ場所に刻まれているのだ。「立ち入ったら、死ぬほど後悔するぞ」と。私はそれを見つけるたびに、いい泉を見つけたのだと、期待に胸を膨らませる。人類文明も水辺を周りにして発展してきたように、水は命の源であるというのは、熊も鹿も鳥も人間も。命あるものは皆、水を探しながら生きているのかもしれない。
蛇口をひねれば水は出る
私たちは飲み水に困ることはない。蛇口をひねれば水が出て、コンビニでも自販機でも、どこにでも水が売っている。わざわざ海外から取り寄せた水だって飲むことができる。当たり前になっているが、これはすごく恵まれたことなのだろう。
しかし私は、(だからこそ)泉を訪れることをお勧めしたい。湧き出たばかりの新鮮な水を飲むと、心身が研ぎ澄まされるような感覚になる。森や大地の恵みを全身で感じることができる。当たり前だと思っていたものに、改めて感謝を感じることができる。
私は川のはじまりを求めて良かったと思う。金銀財宝の詰まった宝箱は見つけられなかったが、代わりに水への見え方が変わったから。カップ一杯の水を口にするときも、ときおり、その向こう側にある長い旅路を想像できるようになった。それだけで旅をした価値はあるのではないかと思う。
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