2026-07-30

トマト・ケチャップ、200年前のレシピ

あなたは、トマト・ケチャップを手作りしたことはあるだろうか。トマト、玉ねぎ、にんにくを火にかけて煮込み、ビネガーとスパイスで味を整える。とても簡単だし、市販のケチャップのように甘くないため、ピザ・トーストやオムレツに添えれば、どこにお嫁に出しても恥ずかしくない逸品が完成する。

一般的に、ケチャップといえば、ポテトに合うディップ・ソースを想像されるかもしれない。しかし、200年前に書かれた初期のレシピでは、それは全くの別物だった。ウスター・ソースのような、さらさらとした液体だったのだ。輪切りにしたトマトを煮詰めてベースをつくる。メースとオールスパイス、エシャロットで香り付けをし、ブランデーを注いで保管する。まるで修道女たちが秘薬を調合するときのように、何度も試行錯誤を重ねたのだろう。長く残るレシピには、その背後に格闘の痕跡がみられるから興味深い。

スーパーには、さまざまな完成された調味料が売られている。私たちはそれを買うことが当たり前になっているが、自作してみると、気づけることがたくさんある。気になって起源をたどると、思いもよらない物語が発掘できたりもする。たとえば、ケチャップという名前も、西洋で生まれたものではなく、中国南部の魚醤に由来するといわれている。それがどのように海を渡り、現在のケチャップになったのか。そうした物語は私たちの視野を広げてくれるかもしれない。

 

醤油は何からできているのか

その質問に、私は答えることができなかった。なぜなら、醤油は醤油として買ったことしかなかったからだ。まさか小麦が必要であるなんて、どこの誰が予想できただろうか。調味料の成り立ちにおいて、私は恐ろしく無知だった。にがりが海水から取れるなんて、知る由もなかった。コンソメを仕込むことが、こんなにも大仕事であるなんて想像も出来なかった。柚子胡椒に、胡椒が使われていないという真実を知ったときには、メロンパンにメロンが入っていないと知ったとき以来の衝撃が走った。

しかし、調味料を自作するようになると、見える景色がまったく変わる。その成り立ちが解るだけでなく、なにが鍵を握っているのかを見えてくるのだ。たとえばマヨネーズは、卵黄に酢と油を混ぜるだけの調味料だ。しかし、実際につくってみると、油や酢を変えるだけで、驚くほど味わいが変わる。米油と米酢を合わせればやさしい和の印象になり、オリーブオイルと白ワインビネガーを合わせれば、地中海料理によく合う風味になる。

自らの手で作っているからこそ、他の人の創意工夫にも気づけるようになる。ひと皿の向こう側にある仕事へ、敬意を払うようになる。からすみをひと口いただくと、数週間の磨きの工程が浮かんでくる。コンソメ・スープも、どれだけの時間をかけて、この一杯になったのだろうと想いを馳せると、『キューブを溶かしただけのスープ』だと思っていた頃の自分を他人だと思いたくなる。

 

作るひと手間をかけてみる

肉や魚は、切り身の姿で買うのが普通であるように、私たちは、すでに調理・加工された姿で受け取ることがあたりまえになった。トマト・ケチャップが、料理の隠し味に使われる秘伝のソースであったように、そのものの成り立ちを辿れば、そこには見えない人の手や、歴史に埋もれた「本来あるべき姿」を見つけることができるかもしれない。

だから私は、何かに出逢ったとき、「これはどのように生まれたんだろう」と自らに問うようにしている。その問いかけは、調味料に対してだけでなく、人や道具、言葉に対しても向けている。そうした習慣は、この世界を好奇と興味の尽きないものにしてくれるから。

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